「あなたの心に…」

 

 

 

Act.12 第3次接近遭遇

 

 

アイツの布団は客間に敷かれた。
もちろん、私の家の客間よ。
アイツは抵抗したけど、ママに勝てるわけないじゃない、馬鹿ね。
ママは病院から私とアイツを運ぶと、
私の三角巾に眉をひそめて、仕方ないわねとてきぱきと動いたわ。

私はなかなか一人になれなかったから、マナと話すチャンスがなかったの。
やっとその機会が来たのは、お風呂だった。
「マナ?いる?」
 声が反響しちゃうから、かなり小さな声で私は呼びかけたの。
「いるよ…」
 マナの顔が湯船に浮かんできた。
 マナも気を使っているから、声を小さくしている。
「あ、アスカの腕…」
 う〜ん、ちょっと黒く腫れちゃったわ。
「本当にごめんね。私が幽霊なばっかりに…。アナタに無茶させっちゃって」
「もういいの。マナ、くどいの嫌いだから、もう止めてよ」
「うん…わかった。でも最後にあと一言だけ言わせて?」
「……?」
「ありがとう、アスカ」
 て、照れるじゃない。そんなに真っ直ぐ私を見ないでよ。
 
 それから、私は病院でのアイツとの会話をマナに全部話したの。
「ということで、今日と明日、アイツはこの家に居るの。だから気をつけてね」
「了解」
「ふぅ…」
 ようやく会話が一段落したとき、私は吹き出した。
 大きな湯船に、もちろん裸の私と服を着たマナが入っている。
 物凄くシュールな光景だわ。
「さて、そろそろ出るわ。のぼせてしまいそう」
「うん、がんばってね」
「わかってる。アンタの愛しい人だからね、適当な看病はしないわよ」
「お願い。そして、アスカとシンジの間に愛が芽生えるのよね」
「アンタ、まだ言ってる」
 マナは笑って、手を振りながら消えたわ。
 あの調子じゃ、まだ私のことあきらめてないわね。
 執念深いというか、何と言うか。
 私はアイツをアンタの恋人としか見てないんだよ。

 客間のアイツはおとなしく寝ている。
 看病といってもたいした事はしなくていい。
 峠は越えているから退院してるんだもん。
 晩御飯はアイツはおかゆ。
 アイツの腕が動いててよかった。
私が食べさせてあげなくてもいいからね。
そんなことしたら、あとでママとマナにどれだけからかわれることか。
8時頃には、アイツの熱は37度5分くらいに下がってくれた。
もう大丈夫よね。
アイツは素直に薬を飲んで、また眠ってしまったわ。
警戒心ゼロの寝顔。
思わずマジックで落書きしたくなっちゃうくらいぐっすり寝ている。
なんか、ホッとしたら眠たくなっちゃったよ。
そういや、昨日から寝てなかったっけ…。

雨が降ってる。
私は教室の窓から校庭を見ていた。
その校庭の真中を相合傘で歩くカップル。
マナとアイツだ。
よかったね、マナ。
私の頬を涙がつたっている。
嬉し涙…。
これで私の使命はお終い。
あとは二人で幸せになってね。
二人の後姿を見送ってるうちに、胸が痛くなったの。
どうしてかわかんないけど、胸が痛い。
涙も止まらない。
その私の肩を誰かが叩いた。

はっ!
私は目を開いた。
眠っちゃってたみたい。しかもアイツの布団に思い切り被さって。
「ほら、アスカ。碇君が困ってるじゃない」
 へ?ママ!
 私はガバッと起き直ったわ。
 ママが後ろに立っていた。
「あ、私…」
 布団の中で戸惑った表情のアイツに、ママは優しく語りかけたの。
「ごめんなさいね、碇君。アスカって自分中心だから看病向いてないの」
「酷〜い。ちょっと寝ちゃっただけじゃない」
「アナタのちょっとは3時間?」
「え!今何時」
私は掛け時計を見た。ちょうど12時。
あちゃ、これじゃ看病にならないわね。
アイツが布団の中でクツクツ笑ってる。
「アンタ!」
 叫びかけたら、ママの冷たい視線が私に突き刺さったの。
「あの…体温計をどうぞ」
 私が体温計を差し出すと、悔しいじゃない。ママとアイツがそろって爆笑するのよ。
 アイツが体温を測ってる間、顔を洗ってきなさいとママに言われた。
 洗面所に行って、鏡をなんとなく見たら…、涙の痕があったわ。
 さっきの夢…。
 どうしてあんなに涙が出てたんだろう。
 マナとアイツが相合傘で歩いて、凄く嬉しかったのに…。
 バシャッ!バシャッ!
 よくわからないから、全力で洗顔してやったわ!
 ふぅ!気持ちいい!

 アイツの熱は36度8分。もう大丈夫ね。
 スポーツドリンクを少し飲んで、アイツはまた眠った。
 ママがベッドで寝てらっしゃいって言ってくれたから、私は自分の部屋へ。
 7時に目覚ましをセットして、すぐに眠っちゃった。
 ごめんね、マナ。さすがに今日は疲れちゃったよ。おやすみなさい。

 12月1日、日曜日。
 午前7時、目覚し時計は鳴った。
 パシッ!私は瞬止したわ。相変わらず素晴らしい反射神経よね。
 ふぁぁ〜、でもまだ眠たいわ。
駄目駄目、今日はアイツの看病なんだから起きないと…。
ベッドから降りてパジャマから着替えてると、マナが出てきた。
今日は素直にベッドの上にポンと出てきたわね。
「おはよう、アスカ」
「うん、おはよ、マナ」
「今日はシンジのことよろしくね。じゃ」
 え?もう消えてる。最短記録樹立ね。
 あの娘、あれだけ伝えたくて出てきたな。ふふん、可愛いんだから。

 あれ?
 私は部屋から出て唖然とした。
「あら、おはよう、アスカ」
「おはよう、惣流さん」
 テーブルで向かい合って、仲良くトーストを食べていたママとアイツが私に挨拶したの。
 私はノシノシとテーブルに歩み寄ったわ。
「ちょっと、どういうこと?何でアンタ起きてるのよ?」
「え、あ、もう大丈夫だから」
「だ、大丈夫ってアンタ」
「もう、アスカ。騒がない。それに碇君に挨拶は?」
 ぐ…。ママ、涼しい顔…じゃない嬉しそうな顔して…。
「おはよう。……で、どうして!」
「熱下がったから。6度2分」
「ママがお腹空いた?って聞いたら、『はいっ』ていい返事してくれたから、それで」
「ふ〜ん、それで二人で朝食。娘をほったらかして?」
「そうよ、ぐっすりと御就寝中でしたから。一応起こしに行ったのよ。15分くらい前」
「嘘…」
 アイツまで頷いている。てことは、私熟睡してたってワケ?
 あんなにパシッと起きたのに…、悔しい!
「食べるよね?」
 私は恨めしげにママを睨んで、首を縦に振ったわ。

「あ〜あ、やっぱり男の子もいいわね〜」
「ママ、娘と同い年の少年に手を出さないでよ」
「バッカね。アスカったら。息子が欲しいって言ってるんでしょ」
 失言に赤面してしまった私は、アイツを見ることができなかったわ。
「そうだ!パパが帰ってきたら、おねだりしようかしら(ハ〜ト)」
 あっけらかんと中学生の前でこんなことを言わないでよ。
 ほら、アイツが真っ赤になってるじゃない。
 こうして見ると、アイツも少年っぽいわね。日頃は大人ぶってるけどさ。
 それに私はそんなに年の離れた兄弟なんて要らないわよ。
「あの…」
 その時、アイツがおずおずと言った。
 あんた、変な事言いださないでよ!
「ちょっと、ベランダに出ていいですか…?」
「長い時間は駄目よ」
 ママが白々しく普通の声で答えたわ。
 アイツは頷いて、イスから立ち上がった。
「はい、これ上に羽織りなさい」
 アイツはママから渡されたカーディガンを着て、ベランダへ向かったわ。
 ほら、ママが変な事言うから、アイツ居たたまれなくなったんじゃない。
 ボゥッとアイツの後姿を見ていると、ママが優しげな声で言ったの。
「アスカ、行きなさい」
「はい?」
 私はトーストを頬張りながら、ママを見た。
「病み上がりでしょ、彼。アナタは今日まで看病する約束」
「だって、元気に」
「行きなさい」
 うへぇ、微笑んでるけど、目が笑ってないよ。行きます。行きますよ。
 私は紅茶の残りを飲むと、ベランダに向かったわ。

 テラス窓を開けると、冷たい空気が一気に私を包んだ。
 うぅ〜!寒い。やっぱり12月よね。
 もう!ママったらこんなに寒いのに、アイツ病み上がりなのよ。
 ぶり返したらどうするのよ!
 アイツ…。
 私はアイツを見て、ハッとした…。
 アイツは…ベランダの端に立っていた。そう…私が飛び移ったその場所に。
 私はアイツの後姿に向かって歩き出した。
 ほんの数歩なのに、凄く遠い。
 あれから私はベランダには出ていない。
 正直言って…、怖かったから…。
 今もやっぱり足がすくんでる。だから歩きにくいの。
「きゃっ!」
 足がもつれて、思わずアイツの腕にすがってしまったわ。
 アイツもびっくりして、慌てて私の肩を掴んで立たせてくれた。
「大丈夫?顔色が悪いよ」
 はは、病人に心配されるなんて世話ないわね。
「ちょっとふらついただけ。大丈夫よ」
 私が強がると、アイツはかすかに微笑んだわ。
 イヤな感じの笑みじゃなかったわ。自然にいたわりの心が伝わってくる。
 な、なかなかいい笑顔じゃないよ!
「そ、それより、寒いんだから、中入んなさいよ」
「うん…」
そして、アイツはしっかりと私の顔を見つめたわ。
な、何よ。真剣な顔しちゃって。
はは〜ん、愛の告白?まさかね。それはないわ。
アイツの心の中はマナでいっぱいだもんね。
「ありがとう、惣流さん。本当に」
 アイツは頭を下げた。
「ち、ちょっと、やめなさいよ。何すんのよ、アンタ」
 うろたえた私の声に、顔を上げたアイツはさらに言葉は続けたの。
「こんな…こんなところを通って…信じられないよ。僕なんかのために」
 実はアンタのためじゃなくて、マナのためなんだって、言えないわね。
「仕方なかったのよ。あんな時間だったし、確証もないのに周り巻き込んで大騒ぎできなかったもの」
 そうか…。アイツ、私のした事を確認したかったんだ。ママもそれをわかってたのよね。
 私は恥ずかしかったから、アイツの視線をはずそうと手すりの方へ行ったわ。
 げ!しまった。駄目、怖い!もう、動けないよ…。
 私ホントにこんな高さのところを…。夜でよかった…。
 昼間だったら絶対にできなかった…。
「アンタ、今日一日は私の看病受けるんだからね」
「え?もう治ったし…」
「問答無用。患者は看護人の言うことを聞くのよ。だから、ママ呼んできて」
「え?どうして」
「いいから早く」
 ここから動けないなんて、アイツに言えるもんですか!
 しばらくは高いとこ駄目そうね…。

 アイツは晩御飯まで私の家にいたわ。
 でも別に会話が弾んだわけじゃない。
 アイツはママに強制的に長時間の昼寝を命令されたし、私だってママの罰−家事習得−を強制執行されていたから。
 ふう…、主婦って大変ね。漢字を覚える方がまだ楽だったわ。
 ママが一人で舞い上がってたような感じ。ホントに息子が欲しいのかな?
 アイツは玄関を出るときに、私たちに深々と頭を下げたわ。
 ホント、礼儀正しいヤツ。

「そうだったんだ」
「マナ、ごめん。今日は進展なし」
「そっかな。私には進展があったように思えるけどな」
 マナがクスクス笑っている。
「え?嘘」
 わかんないわ。そんな機会なかったじゃない。
 途方にくれている私にマナはとんでもないことを言ったの。
「アスカ、シンジと第3次接近遭遇したじゃない」
「はい?何それ。第3次?接近遭遇?UFO?宇宙人と?」
「シンジと、って言ったでしょ」
「へ?」
「ほ〜んと、鈍感なんだから、アスカは。恋の接近遭遇よ」
「コイ…。魚の?」
 マナはお腹を抱えて笑い出した。
「ほ、本当にアスカってば、ははは、おかしい、天然よ、天然。
 他のことは大人顔負けなのに、ははは、これだけは、ふふ、ははは、
 恋よ。恋。わからない?本当にお子様」
 過去の歴史において、私はここまで笑いものにされた経験がなかった。
 当然キレたわ。
「12才で成長が止まったアンタに言われたくないわ!」
「あ、酷〜い!止まったんじゃなくて、止められたの。
 それに、そっちの方はアナタより発達してたもん」
「何よ、そっちって。私はあと3日で14才よ。身体も心もアンタより発達してるわよ!」
「嘘つき〜」
「う、嘘ぉ!ひっぱたいてやる!」
「ほらね。全然成長してないじゃないの。実体がないんだから、殴れませ〜ん」
 私は笑った。過去、マナにヒキガエルといわれた禁断の笑いで。
「誰がアンタを叩くって言った?私がぶん殴るのは、ア、イ、ツ、よ!」
「へ?どうして、シンジを?」
「だってアンタを痛い目にあわせようと思ったら、それしかないじゃない。
 アンタには何もできないんだし…。アンタが酷いことしたら、アイツを一発殴る!」
「ひっど〜い!シンジが可哀相!」
「わかったぁ?だから私には逆らわないことね!」
 私は得意のポーズで勝利宣言をしたわ!
 当のマナは腕組みして、首を傾げてる。
「う〜ん、でも、それも第3次になるのかな?」
「はい?第3次って、さっきの?」
「うん。恋の接近遭遇」
 ぼふっ!
 私はようやくマナの言っていることを理解できた。
 魚偏じゃなかった。れ、恋愛の恋だったのね。
「ふふふ、私より身も心も発達しているアスカさんは、やぁ〜っとお気付きになったんですねぇ。恋の接近遭遇。見る。話す。触れる。今日、アスカは第2次遭遇の『話す』から一段階上がったんで〜す!」
 瞬間、私の手にアイツの腕の感触が。そして肩にアイツの手の感触が甦ってきたわ。
 ぼふっ!
「あ、赤くなった〜!」
「馬鹿マナ!そうよ、大体昨日も私、アイツに触れてるじゃない!洗面所から布団に連れて行ったでしょうが!」
「あれはシンジの意識がなかったんだもん。今日のとは違うわ。今日のは、誰が見てもラブラブじゃな〜い。ほら、こんなに顔赤くして。アスカがお猿さんになったぁ」
「マナァっ!殴ってやる!ホントに殴ってやる、アイツを!」
「いいよ、私だって散々シンジを叩いたもん。アスカもそうやってシンジと仲良くなってよね」
 くわぁっ!マジギレ0秒前!
 涼しい顔で私を見ているマナに、私は手当たり次第に周りの物を投げた。
 もちろん、全部素通りしちゃう。
「そろそろ止めた方がいいよ。片付けんのアスカだよ」
 うきぃ〜!冷静に言われると、さらに頭に来ちゃう!
 ぬいぐるみ。本。ペン。その他諸々。
 そして、ノートパソコンを頭上に持ち上げた時、私に残っていた理性の最後の砦がパソコンを壊すことを止めさせたの。決してケーブルが鼻に引っ掛かった所為じゃないわ。
「はぁはぁ…」
「大変…。手伝ってあげたいけど…ごめんね」
「い、いいわよ。自分がやったんだから」
 片付けるのに、1時間はかかりそうね。ま、ついでに部屋の整理をすればいいわ。なんて前向きなんでしょ、私って。
 そっか、私、アイツと…。
 いけない、これって、マナの策略なのよ。
 私にアイツを意識させようっていう高等戦術なんだわ。
 危ない、危ない。
 はん!この私がアイツなんか意識するもんですか!
 でも、どうしてマナは私にこだわるんだろ?
 絶対にあの綾波レイの方がアイツにお似合いだと思うんだけどな…。
 よし!まず綾波レイと仲良くなることね。
 明日からの目標ができたわ!
 私はアイツの部屋の方の壁を指差した。
「見てらっしゃい!アンタとあの娘を絶対にくっつけてやるからね!」
 突然の私の宣言に、マナはお手上げって表情を浮かべていたの。
 そして消える前に一言だけ言い残していったわ。
「そんなことして、後悔するのはアスカだよ」
 は!まだ言ってるよ、この幽霊娘は。
 私はアイツなんかに関心はないんだから!

 

 

 

 

 

Act.12 第3次接近遭遇  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第12話です。『生か死か、アスカの看病』編の後編になります。
次回はいよいよ、『アスカ、14才のバースデイ』編。
う〜ん、この作品のアスカのママさん、キャラ違いますよね?
自分で書いていてモデルがわからないんですよ。誰なんだろ?